金田一耕助ファイル4 悪魔が来りて笛を吹く

2014.06.21  渡邉達朗

悪魔が来りて笛を吹く

世の中を震撼させた天銀堂事件。従業員が偽りの薬で毒殺され、宝石が奪われるという大事件の容疑者にされていた椿元子爵が姿を消した。「これ以上の屈辱、不名誉にたえられない」という遺書を残して。どこからともなく聞こえてくるフルートの音色とともに、椿家を襲う七つの死。旧華族の没落と退廃を背景にした怨念が惨劇へと導いていく……。

「悪魔が来りて笛を吹く」は横溝正史が著した長編推理小説。昭和26年11月から昭和28年11月まで探偵小説雑誌「宝石」に連載された。名探偵・金田一耕助シリーズの長編としては7作目にあたり、横溝正史の最高傑作と呼ばれるほど評価が高い。映画・ドラマ・舞台など映像化もたびたび行われている。

昭和22年1月15日、銀座の宝石店「天銀堂」に井口一郎と名乗る東京都衛生係の腕章を付けた男がやって来て、この付近で伝染病が発生したから、客に接する店員たちは全員予防薬を飲まねばならぬと力説した。この薬液には青酸加里が混入されていたため10名が死亡し、大量の宝石類も盗まれてしまった。これが世にいう「天銀堂事件」である。

犯人を見たという数人の目撃情報を元に、警視庁でモンタージュ写真が作成された。犯人捜査にモンタージュ写真が登場したのは、おそらくこの事件が最初だったろう。その写真の顔立ちに酷似していたことと、事件当日箱根の温泉に行っていたというアリバイが崩れたことで、警察は失踪したフルート奏者の椿英輔元子爵への嫌疑を深めていた。そして4月半ば、信州の霧ヶ峰で椿子爵の自殺死体が発見されたのだった。

昭和22年9月、金田一耕助の元を椿美禰子と名乗る女性が訪れてくる。彼女はこの春世間を賑わせた「天銀堂事件」の容疑を掛けられた椿子爵の娘だった。美禰子が持参した椿子爵の遺書には、「父はこれ以上の屈辱、不名誉に耐えていくことは出来ないのだ。由緒ある椿の家名も、これが暴露されると、泥沼のなかへ落ちてしまう。ああ、悪魔が来りて笛を吹く。」と書かれていた。

美禰子は母・秌子を含む家族の者が死んだはずの父の姿を目撃したため、椿子爵が本当に死んだのかどうか砂占いを行うことになったと説明し、金田一にも同席を依頼する。その夜、目賀博士司会のもと砂占いが行われている途中で停電が発生。電気が回復すると、どこからともなくフルートの演奏が聞こえてくる。その曲は、亡き椿子爵が作曲した「悪魔が来りて笛を吹く」だった。

怯える一同に対し、レコードプレーヤーによる仕掛けであると見抜く金田一。しかし、砂の上に描かれた火焔太鼓のような模様を見た参列者たちはさらなる怯えの表情を浮かべていた。その夜、椿子爵と思しき男がフルートを持って屋敷に出現。翌朝、玉虫公丸伯爵が何者かによって殺害されているのが発見され、世にも陰惨な連続殺人の幕が開かれた……。

金田一耕助が登場する物語は古い因習が色濃く残る農村のイメージが強いが、戦後の没落貴族を描いたものも幾つかある。本作は東京の都心を舞台にした初めての作品で、実際に起きた事件である「帝銀事件」をモデルに「斜陽族」の要素を取り込むことで、他作品とは異なった雰囲気を醸し出していた。

また、言葉のイントネーションや小物の使い方など伏線がよく練られており、ミステリとしての完成度は高い。特に「悪魔が来りて笛を吹く」に込められた椿元子爵の思いが明かされる最後のシーンは素晴らしかった。

この作品はタイトルのとおり「笛(フルート)」が重要な役割を果たしている。作中では本当に悪魔が笛を吹くのだが、悪魔とはいったい誰なのか、悪魔の紋章が意味するものとは一体何なのか、ぜひその目で確かめていただきたい。

<登場人物>
椿英輔 … 椿家当主。元子爵のフルート奏者。半年前に自殺。
椿秌子 … 英輔の妻。華胄界きっての美人。夫に罪悪感を抱く。
椿美禰子 … 英輔の娘。父思いの健気な少女。金田一の依頼人。
三島東太郎 … 椿家書生。英輔の旧友である三島夫妻の遺児。
信乃 … 秌子の乳母。子供の頃から献身的に面倒をみている。
お種 … 椿家の女中。椿子爵を慕っており、新宮利彦が大嫌い。
目賀重亮 … 秌子の主治医。破廉恥な医学博士。通称ガマ仙人。
新宮利彦 … 秌子の兄。元子爵の道楽者。左肩に火焔太鼓の痣。
新宮華子 … 利彦の妻。落ち着いた中年婦人。倦怠の色が濃い。
新宮一彦 … 利彦の子。美禰子の従兄。英輔のフルートの弟子。
玉虫公丸 … 秌子・利彦の伯父。貴族院のボスといわれた人物。
菊江 … 公丸の妾。コケットリーだが古風な面も持ち合わせる。
河村辰五郎 … 植木屋の植辰。誰かを強請り豪遊。空襲で死ぬ。
河村はる … 辰五郎の妻。故人。
河村治雄 … 辰五郎の息子。駒子母娘と交流。現在行方不明。
お勝 … 植辰が何度もとりかえた妾のうちの初期の女。
おたま … 植辰の最後の妾。植辰の死をおこまに報せる。
植松 … 植辰の弟子。植木屋の跡目を譲られる。
堀井駒子 … 植辰の娘・おこま。出家後の戒名は妙海尼。
堀井源助 … 駒子の夫。植辰の弟子。極道者。精神を病み死亡。
堀井小夜子 … 駒子の娘。父は不明。若くして自殺したという。
おかみ … 椿子爵が宿泊した神戸の旅館「三春園」の女将。
おすみ … 「三春園」の女中。玉虫伯爵の別荘跡に案内した。
慈道 … 法乗寺の住持。淡路で出会ったおこまの世話を焼く。
飯尾豊三郎 … 天銀堂事件の最有力容疑者。椿子爵と似ている。
出川刑事 … 警視庁の若い刑事。金田一と神戸まで調査に赴く。
沢村刑事 … 警視庁の刑事。
等々力警部 … 警視庁捜査一課所属の警部。金田一耕助の相棒。
金田一耕助 … 雀の巣の頭にくたびれた着物袴。ご存知名探偵。

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