金田一耕助ファイル18 白と黒

2015.11.07  渡邉達朗

白と黒

平和そのものに見えた団地内に、突如怪文書が横行。プライバシーを暴露する陰険な内容に、住民たちは戦慄をおぼえる。その矢先、団地のダスト・シュートから真黒なタールにまみれた女の死体が発見された。眼前で起きた恐ろしい殺人に団地の人々の恐怖は頂点に達する……。謎のことば「白と黒」の持つ意味とは?

「白と黒」は横溝正史の長編推理小説。昭和32年11月「週刊東京」で発表された「渦の中の女」という短篇を改稿・改題し、昭和35年11月から翌年12まで「日刊スポーツ」にて連載された作品である。名探偵・金田一耕助シリーズの1つだが、「獄門島」「八つ墓村」「犬神家の一族」など長編の代表作がいずれも地方を舞台にしているのと対照的に、この作品は東京都心にある団地を舞台にしている点がめずらしい。

ある日、金田一耕助は昔馴染みの須藤順子という女性と町中で偶然再会した。順子に懇願され、世田谷にある「日の出団地」を訪れた金田一は、彼女の部屋で怪文書を見せられる。その内容は、順子が結婚しているにもかかわらず、バーでホステスをしていた頃にパトロンだったクイーン製薬専務の日疋恭助とよりを戻したというものだった。夫の達雄はそれを信じ、家を出て行ったまま戻らないのだという。

また、最近「日の出団地」では根も葉もない男女関係を告発する怪文書があちこちにばら撒かれており、同じ団地に住む岡部京美に届いた時は、自殺未遂を引き起こすほど追いつめられたらしい。ついこの間できたばかりの新しい団地だけに、入居している人々が少し前まで見知らぬ相手だったことも、お互いに対する疑心暗鬼を生じる原因となっていた。

順子はその怪文書の主を洋裁店タンポポのマダム・片桐恒子ではないかと疑い、恒子の所へ直談判に訪れたが、彼女はそれを強く否定したという。そんな話を金田一にしていたところ、順子の部屋の真正面で死体が見つかったという騒ぎが起きた。建設途中である20号棟のダスト・シュートで見つかった女の死体は、上半身が真黒なタールで覆われ焼け爛れており、顔の判別もできなかった。屋上に設置された窯に何者かが穴を空け、熱いタールがしたたり落ちていたのである。

服装などから死体は片桐恒子と判断されたが、マダムの写真は一枚も見つからず、彼女の前身を知る者も一人として見つからなかった。コールタールで顔を焼かれた死体はいったい誰なのか、そして事件の日から行方不明の男性はどこへ行ったのか。謎が深まるなか、新たな殺人事件が発生してしまうのだった……。

ニュー・タウンとよばれる団地が次々と建てられていた1960年に連載が開始されていることから、横溝正史は存在感を増してきた団地という現代特有の舞台を利用し、複雑な人間関係や軋轢から生じる事件を書いてみたくなったのであろう。それにしても金田一耕助と団地というのは不思議な組み合わせだ。

「Ladies and Gentlemen」という書き出しで始まる、活字を切り貼りして作られた謎の手紙。この怪文書が巨大な団地に住まう人々の心を疑心暗鬼にし、誤解や偶然が複雑な事件を紡ぎ上げていく。

長い物語の最後、「白と黒」という言葉の意味とともに明らかになる犯人は完全に予想外のものだった。舞台が閉ざされた農村や旧家のお屋敷ではないので、やや情緒に欠けるきらいはあるが、こういう金田一ものもあってよいのではないだろうか。

<登場人物>
須藤順子 … 団地の住人。バーの元女給。金田一は昔馴染み。
須藤達雄 … 順子の夫。保険外交員。怪文書に憤慨し失踪した。
根津伍市 … 団地の管理人。元軍人。ジョーという烏を飼う。
根津由紀子 … 伍市の娘。水島に絵を、民子にお茶を習う。
辻村あき子 … 伍市の先妻。
水島浩三 … 団地の住人。画家。戦後落ち目になっている。
宮本寅吉 … 団地の住人。極楽キネマの支配人。
宮本加奈子 … 寅吉の妻。
宮本タマキ … 寅吉の娘。洋裁店タンポポの針子。
榎本民子 … 団地の住人。
榎本謙作 … 民子の息子。帝都映画に在籍する俳優見習い。
姫野三太 … 団地の住人。帝都映画に在籍する俳優見習い。
岡部泰蔵 … 団地の住人。高校教師。
岡部梅子 … 泰蔵の亡妻。中学校の校長をしていた。
戸田京美 … 泰蔵の義理の姪。洋裁店タンポポの針子。
戸田房子 … 京美の母。故人。
白井寿美子 … 泰蔵の婚約者。梅子が校長だった中学校の教師。
白井直也 … 寿美子の兄。中学教師。
佐々照久 … A紙の学芸部勤務。白井直也とは友人関係。
細田敏三 … 団地の住人。A紙の調査部。佐々が怪文書を相談。
細田アイ子 … 敏三の妻。水島画伯のところによく通っていた。
片桐恒子 … 洋裁店タンポポのマダム。死体はタールまみれ。
河村松江 … 洋裁店タンポポのお手伝い。
伊丹大輔 … 洋裁店タンポポの家主。
日疋恭助 … クイーン製薬専務。順子の不倫相手。
渡辺達人 … 帝都映画のプロデューサー。戦時中は伍市の部下。
立花隆治 … 東邦石油社長。泰蔵の中学時代の後輩。
一柳忠彦 … 民々党の代議士。代議士になる前は弁護士だった。
一柳洋子 … 忠彦の妻。三年前にヨット事故で行方不明。
一柳勝子 … 忠彦の娘。
宇津木慎策 … 毎朝新聞の文化部記者。金田一とは協力関係。
保科先生 … 検死医。
山川警部補 … 所轄S署の警部補。捜査主任。
志村刑事 … 所轄S署の刑事。
三浦刑事 … 所轄S署の刑事。
江馬刑事 … 所轄S署の刑事。
新井刑事 … 警視庁捜査一課所属の刑事。等々力警部の腹心。
等々力警部 … 警視庁捜査一課所属の警部。金田一耕助の相棒。
金田一耕助 … 先刻お馴染み、もじゃもじゃ頭の探偵さん。
S・Y先生 … 金田一の親友で詩人。カピという柴犬を飼う。

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