金田一耕助ファイル17 仮面舞踏会

2015.04.12  渡邉達朗

仮面舞踏会

裕福な避暑客の訪れで、閑静な中にも活気を見せ始めた夏の軽井沢。その一角で、画家の槇恭吾が殺されているのが発見された。有名な映画女優・鳳千代子の三番目の夫である。華麗なスキャンダルに彩られた千代子は、過去二年の間、毎年一人ずつ夫を謎の死により失っていた。知人の招待で軽井沢に来ていた金田一耕助はさっそく事件解決に乗り出すが……。

「仮面舞踏会」は昭和37年7月「宝石」で連載がスタートしたものの、翌年2月に横溝正史の体調不良で中断。その後十数年が経過し、昭和49年11月にようやく完成した作品である。

今から1年前の昭和34年8月16日。軽井沢に近い浅間山の山麓で、田代信吉と小宮ユキの二人が心中自殺を試みていた。たまたま通りがかった金田一耕助の機転で男の方は一命をとりとめたが、女の方はすでに事切れていたという。この心中事件があの連続殺人に関わってくるなど、この時は誰も予想しなかったのである。

かつて銀幕の大スターとして名を馳せた鳳千代子は、恋多き女として知られていた。最初に結婚したのは戦前の映画スター笛小路泰久、2番目の夫は新劇俳優の阿久津謙三、3番目の夫は洋画家の槙恭吾、4番目の夫は作曲家の津村真二である。そして目下の交際相手は、元公爵の御曹子で戦後財界の大立者・飛鳥忠熈だった。

そんな千代子を愛し、彼女との結婚を考えていた忠熈には、どうしても気になることがあった。というのも、笛小路泰弘は昨年軽井沢のプールで不審な死を遂げており、阿久津謙三も年の暮れに不慮の交通事故で死亡していたのだ。さらに、今度は軽井沢の別荘で槙恭吾が死体で発見されるに及び、忠熈は金田一耕助に調査を依頼したのである。

槙恭吾は鍵のかかったアトリエの中で青酸加里を飲み死んでいた。一見自殺と思えるような状況だったが、毒を飲んだグラスが見つからないなど不審な点も多い。また、金田一耕助は彼の遺体が死後移動されたことを見抜き、赤と緑のマッチ棒が意味ありげに並べられているのを発見するのだった。これはダイイングメッセージなのだろうか、それとも何かの暗号なのだろうか……。

戦後、「本陣殺人事件」をはじめとする数々の傑作推理小説を発表し、絶大な人気を誇った横溝正史。1960年代に入り社会派ミステリの台頭とともに執筆量が減っていたが、1968年に週刊少年マガジン誌上で「八つ墓村」が漫画化され、角川春樹の陣頭指揮により映画化されたことなどで急速に注目が集まり、横溝ブームが再燃した。

横溝正史作品のほとんどを文庫化した角川はこのブームに満足せず、さらなる発展を目指した。その結果、70代となり隠居同然であった横溝が再び表舞台に登場し、過去の作品のリバイバルや改訂だけでなく、新たな作品を世に送り出すこととなる。その第1弾として世に出たのが本作「仮面舞踏会」である。復活後最初に完成させたのが、連載が中断し十数年が経過していたこの作品というあたり、律儀な横溝の性格がうかがえる。

本作の時代は昭和35年に設定されており、名探偵・金田一耕助が活躍する長編としては比較的新しい部類と言えるだろう。同時期に書かれた他の作品と比べておどろおどろしさが抑えられた作品だが、「犬神家の一族」や「獄門島」などと同様、第二次世界大戦や血縁というものが重要な要素となっている。

軽井沢の別荘地を舞台に、旧華族や作曲家、画家、学者、資産家など数多くの人物が登場する本作。人間関係が把握できるまではやや理解しづらいところもあるが、随所にたくみな伏線が張られており、物語が進むにつれてどんどん引き込まれてく。晩年の作だが、終盤のスピード感はさすがといったところか。

警察側では金田一の相棒・等々力警部が重要な役どころで登場するほか、長野県警の日比野警部補が捜査主任として奮闘するのだが、いかにも屈折した若手エリートという感じで好感が持てた。

事件の背後に潜む謎を探りながら、金田一耕助は殺人現場で意味深なものを発見する。それがこの事件に文字通り色を添える赤と緑のマッチ棒である。このマッチ棒が意味するメッセージが解けたとき、犯人の正体が明らかとなる訳だが、私にはまったく予想できなかった。金田一シリーズでは割とよく登場する佝僂病も、まさかあの場面で出てくるとは……。

最後に真犯人と金田一が対峙するシーンは名場面であり、意外な犯人像には本当に驚かされた。物悲しくも美しいエピローグを読むと、本作がなぜ「仮面舞踏会」というタイトルなのか理解できるだろう。多くの有名な作品の陰に隠れてしまっているが、まぎれもない傑作だと思う。

<登場人物>
鳳千代子 … 過去に四回の結婚歴を持つ映画界の大スター。
笛小路泰久 … 千代子の最初の夫。一年前にプールで死亡した。
笛小路美沙 … 千代子と泰久の娘。小児喘息で小学校に通えず。
笛小路篤子 … 泰久の継母。美沙を幼いころから育てている。
阿久津謙三 … 千代子の2番目の夫。新劇俳優。一昨年事故死。
槙恭吾 … 千代子の3番目の夫。洋画家。何者かに殺害される。
津村真二 … 千代子の4番目の夫。作曲家。行方不明。
飛鳥忠熈 … 元公爵の御曹子。財界の大立者。千代子と交際中。
桜井鉄雄 … 飛鳥忠熈の女婿。神門産業のエリート。
桜井熈子 … 忠熈の娘。鉄雄の妻。
的場英明 … 考古学者。忠熈から発掘旅行の費用捻出を狙う。
村上一彦 … 忠熈が眼をかけている孤児。的場英明の弟子。
秋山卓造 … 忠熈の忠実な部下。水火も辞さない覚悟を持つ。
立花茂樹 … 音楽学生。津村真二の弟子で、村上一彦の友人。
田代信吉 … 心中未遂した破滅型の音楽学生、立花茂樹の友人。
小宮ユキ … 肺病を持つストリッパー。田代信吉と心中し死亡。
藤村夏江 … 阿久津謙三に捨てられた女。
樋口操 … 藤村夏江の先輩にして友人。軽井沢に住んでいる。
日比野警部補 … 軽井沢署の捜査主任。若く功名心にはやる。
近藤刑事 … 軽井沢署きっての古狸。
古川刑事 … 軽井沢署の若手刑事。
等々力警部 … 警視庁捜査一課所属の警部。金田一耕助の相棒。
金田一耕助 … みなさんお馴染み、もじゃもじゃ頭の探偵さん。

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横溝正史(金田一耕助)