信州財界の大物・犬神佐兵衛は、不可解な遺言状を残してこの世を去った。莫大な遺産は恩師の孫娘である野々宮珠世と結婚した者に相続すると記されており、佐兵衛の孫(佐清・佐武・佐智)はそれぞれ珠世を我が物にしようと企むが、やがてそれは呪われた殺人事件へと変貌していく。事件解決の依頼を受けた名探偵・金田一耕助は調査を開始するのだが、殺人事件はまだ終わらなかった……。
「犬神家の一族」は横溝正史が執筆した長編推理小説。昭和25年1月から翌年5月まで雑誌「キング」に掲載されたもので、ミステリの王道的な要素をふんだんに取り入れつつ、横溝正史らしい世界観も存分に味わえるため、名探偵・金田一耕助シリーズの中でも特に人気がある作品だ。
昭和2X年2月、信州財界の一巨頭、日本の生糸王といわれる犬神佐兵衛は奇妙な遺言状を残し永眠する。佐兵衛は生涯にわたって正式な妻を持たず、松子・竹子・梅子という腹違いの三人の娘がいた。松子には佐清、竹子には佐武と小夜子、梅子には佐智という子供がおり、犬神家には佐兵衛の大恩人である野々宮大式の孫娘・珠世も住んでいた。
犬神家の顧問弁護士である古館恭三の助手・若林豊一郎は、遺産相続にまつわる不吉な争いを予期して金田一耕肋に助けを求める手紙を送るが、何者かに毒入り煙草で殺されてしまった。
問題の遺言状は佐清の復員を待って公開されることになっていたが、戦争で顔に大怪我を負った佐清はゴムマスクをかぶって一族の前に現われる。遺言状の内容は、全相続権を示す犬神家の家宝「斧・琴・菊(よきこときく)」を、佐清・佐武・佐智のいずれかと結婚することを条件に、野々宮珠世に譲渡するというものだった。
さらに、珠世が相続権を失うか死んだ場合、その財産は佐兵衛の愛人菊乃の息子である青沼静馬が相続することを聞き及んで、松子・竹子・梅子の怒りは頂点に達する。三姉妹の仲はいよいよ険悪となり、珠世の愛を勝ち得んとしての争いが始まる一方、佐清は偽者の嫌疑をかけられ手形確認を迫られることとなった。そんな中、佐武が殺され生首を菊人形として飾られる事件が起きてしまう……。
「犬神家の一族」は「八つ墓村」に次いで映像化回数が多い作品で、日本で最も有名なミステリといっても過言ではないだろう。特に1976年に公開された市川崑監督による映画版は日本映画の金字塔と称されるほど評価が高く、水面から突き出た足や佐清のマスク姿など印象的なシーンが数多く登場する。
何度も映像化されているので知っているような気になっていたが、改めて読んでみると推理小説としての体裁がきちんと整っているだけでなく、登場人物やストーリーが実に面白く驚かされる。
岡山編のような土俗性はさほど感じないが、犬神家の家宝「斧・琴・菊」に見立てられた連続殺人はもちろんのこと、遺産相続を巡る複雑な人間関係や、麗しいヒロインの存在など見どころが多い。金田一の活躍が存分に描かれているのも本作のいいところだろう。
<登場人物>
野々宮大弐 … 那須神社の神官。孤児だった佐兵衛を拾う。故人。
野々宮晴世 … 大弐の妻。佐兵衛の想い人。故人。
野々宮祝子 … 大弐の娘。珠世の母。養子だった夫と相次ぎ死亡。
野々宮珠世 … 大弐の孫。犬神家遺産相続の鍵を握る絶世の美女。
犬神佐兵衛 … 信州一の大富豪で犬神財閥の創始者。故人。
犬神松子 … 佐兵衛の長女。夫とは死別。那須湖畔の本邸に住む。
犬神佐清 … 松子の一人息子。顔に重傷を負い、復員後は仮面姿。
犬神竹子 … 佐兵衛の次女。東京で暮らしている。
犬神寅之助 … 竹子の夫。犬神製糸東京支店の支配人。
犬神佐武 … 竹子の息子。小太りで尊大な面構え。
犬神小夜子 … 竹子の娘。従兄の佐智に心を寄せる。
犬神梅子 … 佐兵衛の三女。神戸で暮らしている。
犬神幸吉 … 梅子の夫。犬神製糸神戸支店の支配人。
犬神佐智 … 梅子の息子。佐武とは1つちがい。華奢で狡猾。
猿蔵 … 犬神家の庭師。珠世を護衛する忠実な下僕。
古館恭三 … 犬神家の顧問弁護士。若林の上司。
若林豊一郎 … 弁護士。金田一の依頼人。何者かに毒殺される。
青沼菊乃 … 佐兵衛と恋仲になり三姉妹に凄惨な私刑を受ける。
青沼静馬 … 佐兵衛と菊乃の息子。消息不明。
大山泰輔 … 那須神社の神主。佐兵衛の過去を調べている。
宮川香琴 … 犬神松子の琴の師匠。目が不自由。
志摩久平 … 下那須で柏屋という旅籠屋を経営。
楠田医師 … 那須病院の院長。警察の嘱託をかねている。
橘署長 … 那須署の署長。恰幅のいい人物。あだ名は狸。
沢井刑事 … 那須署の刑事。
川田刑事 … 那須署の刑事。
西本刑事 … 那須署の刑事。
吉井刑事 … 那須署の刑事。
藤崎鑑識課員 … 那須署所属。指紋の権威。奉納手型を鑑定。
金田一耕助 … 雀の巣の頭にくたびれた着物袴。ご存知名探偵。