金田一耕助ファイル14 七つの仮面

2015.09.06  渡邉達朗

七つの仮面

私が聖女ですって? 娼婦になり下がった、それも殺人犯の烙印を押されたこの私が……? 気品に満ち、美しく清らかだったミッションスクール時代。確かに聖女と呼ばれるにふさわしい時期もあった――だが、醜い上級生りん子に迫られて結んだ忌まわしい関係が私の一生を狂わせた。卒業後も執拗に付きまとう、りん子。やがて、あの恐ろしい事件が……。

本作品は表題作「七つの仮面」ほか、「猫館」「雌蛭」「日時計の中の女」「猟奇の始末書」「蝙蝠男」「薔薇の別荘」の計7篇を収めた横溝正史の短篇集。すべての作品に名探偵・金田一耕助が登場する。横溝の作品集としては後期に編まれたもので、雑誌に発表されたあと単行本に収録されていなかった作品ばかりが集められており、内容はバラエティに富んでいる。

七つの仮面

まずは表題作「七つの仮面」から。昭和22年2月雑誌「東京」に掲載された「聖女の首」が原形であり、金田一耕助シリーズとして改稿したうえで、昭和31年8月「講談倶楽部」に発表された作品である。

今では娼婦になり下がり、殺人犯の烙印まで押された美沙。かつての彼女は気品に満ち、ミッション・スクールで「聖女」と呼ばれるにふさわしい時期もあった。だが、醜い上級生の山内りん子に迫られて結んだ忌まわしい関係が、彼女の一生を狂わせる。

銀座の高級喫茶「ベラミ」でウエイトレスとして働きはじめた美沙。彼女の清らかな美しさに多くの男たちが夢中になるなか、美沙が選んだのは江口万蔵という中年の彫刻家だった。彼と爛れた肉体関係を結びつつ、美沙は他の男たちに対しては「聖女の仮面」をかぶったまま、群がる男達を値踏みし続けていた。そこへ昔の関係を取り戻そうと執拗に付きまとうりん子も加わり、やがてあの恐ろしい事件が起きてしまう……。

本作は、全編を通して美沙の視点による回想という形を取っており、金田一耕助の登場するシーンは終盤のごくわずかのみとなっている。同様の手法は「八つ墓村」「夜歩く」「三つ首塔」などに見られるもので、ミステリというよりもホラーの色が強く、最後に判明する七つの仮面の意味はなかなか衝撃的だった。

<登場人物>
美沙 … 手記を書いた娼婦。高級喫茶ベラミで働いていた。
山内りん子 … 美沙を熱愛し、邪な関係を結んだ醜い先輩。
江口万蔵 … 有名な彫刻家。美沙を聖女と呼び、仮面を作る。
中林良吉 … ベラミの客。美沙に恋する初心な若者。
伊東慎策 … ベラミの客。美沙の訪問後、窓から転落し死亡。
宮崎 … 伊東や金田一が住むフラットの管理人。
金田一耕助 … 伊東の転落に居合わせたモジャモジャ頭の探偵。

猫館

「猫館」は昭和38年8月「推理ストーリー」に発表されたもので、表題どおり事件現場に猫が登場する短篇。かつて写真館として利用され、いかがわしい噂がつきまとっていた「猫館」と呼ばれる古館で、女占い師のドクトル・ハマコが殺された。上半身裸でスカートだけを身につけた彼女の死体は、12匹の生きた猫と1匹の死んだ猫が取りまいていたという。

発見したのは山陽寺が経営する幼稚園の園児たち。幼稚園によく遊びに来る「猫館」の猫が血まみれになっているのを不思議に思い、園児たちが「猫館」に行ってみたところ、彼女の死体を見つけたのだとか。警視庁の等々力警部を訪ねていた金田一耕助は、否応なく事件に巻き込まれることになった……。

猫と死体という組み合わせ自体は面白いのだが、やや既視感がある点が残念。同じ題材なら「黒猫亭事件」や「迷路の花嫁」の方が好みだ。

<登場人物>
ドクトル・ハマコ … 猫館に住む女占い師。死体で発見される。
辻本咲子 … ドクトル・ハマコの家の婆や。行方不明。
佐藤阿津子 … ドクトル・ハマコの内弟子。行方不明。
糟谷天民 … 山陽幼稚園の園長。山陽寺の住職でもある。
松崎喜美子 … 山陽幼稚園の保母。戦災孤児。
佐伯幸造 … 保守党の領袖。ドクトル・ハマコの身元引受人。
古谷磯吉 … 猫館の元の持主。戦後は怪しいクラブを経営。
上条恒樹 … 裏の崖の上にアトリエを持つ画家。
上条冴子 … 恒樹の亡妻。長くノイローゼに悩んでいた。
日比野警部補 … 谷中署の捜査主任。
浜中刑事 … 谷中署の若い刑事。
遠藤刑事 … 警視庁捜査一課所属の刑事。等々力警部の部下。
等々力警部 … 警視庁捜査一課所属の警部。金田一耕助の相棒。
金田一耕助 … 遠藤刑事に誘われ、奇妙な現場を訪れた探偵。

雌蛭

「雌蛭」は昭和35年9月「別冊週刊大衆」に発表された短篇。ある晩、金田一耕助は緊迫した様子の女から電話で不思議な依頼を受けた。今すぐ渋谷のS町にある「聚楽荘」という高級アパートに行き、4階8号室に忘れてきたハンドバッグを取ってきて欲しいというのである。

名前を明かさない相手を訝しみつつも、女の懇願に負けた金田一は依頼を受けることにした。人目につかぬよう変装した金田一は、ハイヤーで「聚楽荘」アパートに向かい、指示どおり電話ボックスに置かれていた鍵を使って部屋へと入り込んだ。そこで彼が発見したのは、硫酸で顔と下腹部を焼け爛れさせた男女の死体だった……。

金田一がトレードマークの羽織袴を脱ぎ、アロハにハンチング帽、べっこう縁眼鏡で変装する姿が印象的な本作。導入部こそ目新しいがトリック自体はよくあるタイプのもので、意外性はあまり感じられない。

しかし、金田一をサポートする助手として、多門六平太という前科者が登場するのは面白かった。同じ年に書かれた「支那扇の女」の多門修と恐らく同一人物であり、多門がなぜ金田一に心酔するようになったのか本作では詳しく語られている。また、多門修は「扉の影の女」に再登場するので、併せて読むのも楽しいだろう。

<登場人物>
立花慎二 … 流行作家。濃硫酸で顔を焼かれた死体で見つかる。
立花昌子 … 慎二と共に顔を焼かれた死体として発見された妻。
梅本繁子 … 昌子の妹。慎二の遺産相続人。
河野健太 … バー「ユリシーズ」のバーテン。昌子と愛人関係。
田辺泰子 … 慎二の別れた妻。昌子の学校友達だった。
多門六平太 … キャバレーの用心棒。金田一の助手を務める。
唐沢警部補 … 渋谷署の捜査主任。
新井刑事 … 警視庁捜査一課所属の刑事。等々力警部の腹心。
等々力警部 … 警視庁捜査一課所属の警部。金田一耕助の相棒。
金田一耕助 … 奇妙な依頼の電話を受け、変装して出かける。

日時計の中の女

「日時計の中の女」は昭和37年8月「別冊週刊漫画TIMES」に発表された短篇で、金田一はほとんど活躍しない。最近ベストセラー作家となった田代裕三は、高級住宅地である成城で広大な屋敷を購入した。庭に大きな日時計があるその家の前の持ち主は、自動車事故で亡くなった神保晴久という画家で、敷地内に建てたアトリエに愛人を連れ込んでいたという。

田代裕三が急に売れっ子になったことで戸惑う妻の啓子は、神保晴久と愛人の噂を耳にし、夫もまた同じようなことをするのではないかと危惧する。裕三のいとこで服飾店を経営する松並可南子は、大金をかけて家を改築する計画だと話す啓子から、自分に対するあらぬ誤解を感じていた。

そんな折、庭の大きな日時計の下からミイラ化した女の死体が出てきてしまう。犯人と思われる神保晴久はすでに死亡しており、事件は終わったかと思われたのだが、やがて啓子は何者かに命を狙われていると訴え始める。誰も彼女の話を信じなかったが、数日後アトリエで女性の絞殺死体が発見されたのだった……。

ミステリというよりはサイコサスペンスという方がしっくりくる本作。事件が起きるまでが長く、解決部分が妙にあっさりしているのが気になるところ。金田一も事件の解説をするだけで、すべての謎が明らかにされないため消化不良な印象を持った。

<登場人物>
田代裕三 … 人気作家。大きな日時計のある成城の屋敷を購入。
田代啓子 … 裕三の妻。金田一に殺人が起きそうだと相談する。
堀晶子 … 啓子の妹。姉は被害妄想狂なのだと金田一に告げる。
松並可南子 … 裕三のいとこ。服飾店を経営するデザイナー。
神保晴久 … 交通事故で亡くなった画家。屋敷の前の持主。
神保鶴代 … 晴久の妻。浮気に腹を立てていた。
須藤珠子 … 神保の愛人。日時計の中から遺体で発見される。
等々力警部 … 警視庁捜査一課所属の警部。金田一耕助の相棒。
金田一耕助 … 他の事件に忙殺され、失態を演ずる私立探偵。

猟奇の始末書

「猟奇の始末書」は昭和37年8月「推理ストーリー」に発表された短篇で、金田一がまたも旅行先で事件にまきこまれる話。その日、金田一耕助は白浜海岸にある洋画家・三井参吾の別荘に遊びに来ていた。金田一にとって中学時代の先輩である参吾は、昨年妻を亡くしたばかりだった。

別荘にはバルコニーがあり、参吾は望遠鏡で「人魚の洞窟」と呼ばれる入り江をのぞき見していた。昨日も若いアベックが洞窟に入り込んでいたので、悪戯心を起こし西洋の弓で脅かしたと聞き、参吾のことを心配する金田一だったが、今日になってボートで洞窟を漂う女の死体が見つかってしまう。しかも被害者は参吾が馴染みにしていたホステスの堀口タマキで、その胸には例の弓から射られたと思しき矢が刺さっていた。

同じナイトクラブのホステスである酒巻潤子は、タマキは参吾に誘われて別荘に来たというが、参吾はタマキを招待した覚えはないし、ここ数日タマキとは会ってないという。はたしていったい誰が、どのような目的でタマキを殺したのだろうか……。

この短篇集の中では一番ミステリの要素を満たしている作品なのだが、金田一がみすみす犯人を逃がしてしまう結末がいただけない。切ない結末は金田一耕助らしいといえばらしいのだが、最後の殺人は防ぐことができたと思うだけに残念だった。

<登場人物>
三井参吾 … 白浜海岸に別荘を持つ洋画家。金田一の先輩。
三井可奈 … 参吾の亡くなった妻。娘はアメリカ留学中。
堀口タマキ … 参吾が通っていたナイトクラブのホステス。
酒巻潤子 … 堀口タマキの同僚。
小坂達三 … 私立大学の助教授。三井や金田一とは同窓。
小坂一枝 … 達三の妻。子供はいない。
山本新一 … 三井参吾の絵の弟子。
恭子 … 新一のガールフレンド。
お喜美 … 三井家のお手伝い。
小磯警部補 … まだ若い捜査主任。
金田一耕助 … 先輩である三井の別荘に遊びに来ていた探偵。

蝙蝠男

「蝙蝠男」は昭和39年5月「推理ストーリー」に発表された短篇で、女子高生が主人公の一風変わった作品。受験勉強で深夜まで起きていた原田由紀子は、向かいに建つ「日月荘」の窓に目を奪われる。その部屋のカーテンに、蝙蝠のように羽根を広げて立つ男が、髪を振り乱した女に襲いかかる姿が映っていたのだ。

あれは夢だったのか、それとも殺人を目撃してしまったのだろうかと怯える由紀子だったが、その部屋の住人であるストリッパーのリリー梅本は死体で発見される。しかし、死体があったのは「日月荘」ではなく、赤坂にあるナイトクラブ「ローズマリー」の楽屋で、衣装トランクに詰め込まれた状態で見つかったのだった……。

導入部分はなかなか面白いのだが、この事件で使われるトリックは女子高生に目撃されることを前提としている点に難がある。肝心の金田一の推理も「なぜこのふたりに眼をつけたのか、それは金田一耕助のみが知る秘密となった」と投げやりに真相を明かしており、ミステリとして問題があるだろう。

<登場人物>
原田由紀子 … 受験勉強中の学生。日月荘の窓に蝙蝠男を目撃。
小川豊子 … 日月荘から由紀子と同じ高校に通う少女。
リリー梅本 … ストリッパー。トランク詰めの刺殺死体が届く。
坂崎卓造 … ナイトクラブの支配人。リリーのパトロン。
波野圭市 … 宝飾店ナミノの主人。リリーのパトロン。
吉野隆吉 … 上原産業の重役。リリーのパトロン。
白井克子 … 有名な服飾デザイナー。日月荘の住人。
田畑警部補 … 表町署の捜査主任。
波川警部補 … 碑文谷署の捜査主任。
新井刑事 … 警視庁捜査一課所属の刑事。等々力警部の腹心。
等々力警部 … 警視庁捜査一課所属の警部。金田一耕助の相棒。
金田一耕助 … 近所のアパートに住むモジャモジャ頭の名探偵。

薔薇の別荘

「薔薇の別荘」は昭和33年6月から9月まで「時の窓」に連載された作品。長編かと思うほど設定が凝っており、登場人物もかなり多いのだが、まとめ方が強引で中途半端な印象を受ける。

キャバレー経営などで成功した戦後の女傑・吉村鶴子は、ある日親族全員を集めて話をするといい出し、鎌倉にある「薔薇の別荘」に13人の客を招待した。鶴子の目的は明らかにされていなかったが、なぜか彼女は秘書の堀口三枝子にも出席するよう命じ、また招待客には顧問弁護士の鍋井や私立探偵の金田一耕助も含まれていた。

ところが主客全員が別荘に揃っても、肝心の鶴子がなかなか姿を現さない。不審に思い自室まで彼女を迎えに行った三枝子と、鶴子の甥である加藤朝彦は、密室の中で死体となった鶴子を発見する。同じ頃、庭では児玉健という不審な男が捕らえられていた。戦災孤児のその男は「影の人」からの不思議な手紙により、この屋敷へと招かれていたのである……。

児玉健を「薔薇の別荘」に招きよせる手紙のくだりなどは「女王蜂」を彷彿とさせる本作。最初は長篇と銘うって4回掲載されたようだが、「女王蜂」と似すぎてしまって途中でやる気を失ってしまったのだろうか。横溝正史が描き出す遺産相続がらみの話は好きなだけに、長篇のプロットのようになってしまっているのが残念だ。

<登場人物>
吉村鶴子 … キャバレー経営などで成功した女傑。体が不自由。
吉村兼次 … 鶴子の亡夫。浅草にあった洋酒問屋吉村家の養子。
戸田辰蔵 … 兼次の兄。鶴子の仕送りで生活している老人。
戸田やす子 … 辰蔵の妻。
古川幸子 … 兼次の上の姉。欲深そうな肥えた女。
古川達吉 … 幸子の夫。元陸軍大尉。戦後はヤミ商売を行う。
川辺千代子 … 兼次の下の姉。人がよさそうな印象を与える。
川辺良介 … 千代子の夫。達磨大師。ヤミ商売に手を出す。
加藤朝彦 … 鶴子の甥。どこか狡そうな印象を隠し切れない。
浅井みゆき … 鶴子の姪。叔父兼次の親戚を軽蔑している。
堀口三枝子 … 自殺後、鶴子に引き取られ付き添いとなる。
堀口一義 … 三枝子の父。東京大空襲で死亡。妾が多数いた。
堀口節子 … 一義の正妻。頑として離婚せず、過労により病死。
杉本隆吉 … 鶴子の腹心の部下。キャバレーのマネージャー。
小森峯子 … 戦前から鶴子に仕えている。薔薇の別荘の管理人。
杢衛じいや … 薔薇の世話をするために雇われている庭番。
鍋井賢蔵 … 鶴子の顧問弁護士。
児玉健 … 戦災孤児。不思議な招待状を受け取る。
児玉浜吉 … 健の養父。しがない叩き大工。大空襲で死亡。
児玉浅江 … 健の養母。同じく江東方面の大空襲で死亡。
藤尾警部補 … 所轄警察から駆け付けた捜査主任。
金田一耕助 … 薔薇の別荘に招待された有名な私立探偵。

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金田一耕助ファイル14 七つの仮面

2015.9.6

横溝正史(金田一耕助)