金田一耕助ファイル8 迷路荘の惨劇

2015.02.08  渡邉達朗

迷路荘の惨劇

広大な富士の裾野近くに、あたりを睥睨するかのごとく建つ豪邸名琅荘。屋敷内の至る所に『どんでん返し』や『ぬけ穴』が仕掛けられ、その秘密設計から別名迷路荘と呼ばれていた――。金田一耕助は迷路荘到着直後、凄惨な殺人事件に巻き込まれる。馬車の上で死んでいた元伯爵と、その背後に大きく影を落とす二十年前の惨劇。そして暗躍する片腕の無い男の正体とは?

本書は「オール読物」昭和31年8月号に「迷路荘の怪人」という題で発表された中篇を、新たに長篇作品として加筆・修正を施し、東京文芸社から昭和50年5月に刊行された横溝正史の推理小説である。名探偵・金田一耕助シリーズの一つであり、時系列としては「犬神家の一族」の後、「女王蜂」の前にあたる。

昭和25年の秋、金田一耕助は戦後の新興財閥・篠崎慎吾から依頼され、富士山麓に建つ豪壮な洋館「名琅荘」を訪れる。元伯爵・古館辰人から譲り受けたこの屋敷は近々ホテルとして再出発する予定だったが、真野信也という左腕の無い男が、宿泊した部屋から忽然と姿を消す事件が起きたという。

名琅荘は随所に抜け穴があるため消えたこと自体は不思議ではないが、隠し扉を知っていたことや片腕が無いことから、二十年前に起きた惨殺事件や逃亡した容疑者との関連が強く疑われた。名琅荘の名残りを惜しんで由縁の人々が集まるなか、馬車の座上で古館辰人の絞殺死体が発見され、金田一は凄惨な連続殺人事件に巻き込まれていく……。

名琅荘の地下には広大な洞窟が広がっており、犯人が秘密の通路を跋扈して殺人を行うところは「八つ墓村」や「不死蝶」を彷彿とさせる。新興成金に屋敷ばかりか妻まで売り渡してしまう斜陽族の悲哀が描かれ、フルートが重要な小道具として事件と関わってくるあたりは「悪魔が来りて笛を吹く」を思い出した。また、本作には「黒猫亭事件」で重要な役割を果たし、金田一耕助の盟友でありパトロンでもある風間俊六も登場する。

多くの名作長編と共通する要素を持つ「迷路荘の惨劇」、個人的には非常に面白く読むことができた。名探偵である金田一以上に、お糸婆さんや井川老刑事といった個性的な登場人物がいい味を出しており、忍者屋敷のような迷路荘という舞台装置も話を盛り上げるのに効果を発揮していたと思う。

かなり残酷な描写も出てくるのだが、読後感が爽やかなのはさすが横溝正史といったところか。ストーリーもよく練られており、ラストシーンの金田一らしい計らいも実に粋でよかった。ただ、因果応報な結末を知った読者は、鼠がこの上もなく恐ろしい存在だと感じるだろう。

<登場人物>
古館種人 … 明治の元老。富士の裾野に名琅荘を建てる。
古館一人 … 種人伯の嫡子。妻の浮気を疑い凶行に走り惨死。
古館加奈子 … 一人伯の美しい後妻。日本刀で切り捨てられた。
古館辰人 … 一人伯と先妻の間に生まれたひとり息子。元伯爵。
糸女 … 種人伯の妾。名琅荘を取り仕切る老女。一人伯を軽蔑。
尾形静馬 … 加奈子の遠縁。一人伯に左腕を切断され行方不明。
速水譲治 … 名琅荘の御者。風間俊六が救った混血の戦災孤児。
お杉 … 名琅荘の女中。金田一が案内された和室を担当する。
戸田タマ子 … 名琅荘の女中。真野信也をダリヤの間へ通した。
真野信也 … 名琅荘に現れた左腕の無い男。密室から姿を消す。
天坊邦武 … 元子爵。古館辰人の母方の叔父。八字ひげ。
柳町善衛 … 元子爵。古館加奈子の実弟。有名なフルート奏者。
篠崎慎吾 … 名琅荘を譲り受けた敏腕実業家。風間俊六の盟友。
篠崎倭文子 … 慎吾の妻。古館辰人と離別した公卿華族の末裔。
篠崎陽子 … 慎吾の先妻の娘。抜け穴で父のライターを拾う。
奥村弘 … 慎吾の秘書。陽子と古館辰人の死体を発見する。
風間俊六 … 土建業・風間組の親分。金田一の同窓でパトロン。
森本医師 … 経験豊富な警察医。死体の検証などを担当する。
深尾看護婦 … 森本医師が信頼をおくベテラン看護婦。
田原警部補 … 所轄の若い捜査主任。金田一の噂を知っていた。
井川刑事 … 静岡県警の老刑事。二十年前の事件を執念で追う。
小山刑事 … 静岡県警の刑事。捜査のため東京へ派遣される。
江藤刑事 … 静岡県警の刑事。
久保田刑事 … 静岡県警の刑事。若くて威勢がいい。
金田一耕助 … 雀の巣の頭にくたびれた着物袴。ご存知名探偵。

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金田一耕助ファイル8 迷路荘の惨劇

2015.2.8

横溝正史(金田一耕助)