金田一耕助ファイル2 本陣殺人事件

2014.05.03  渡邉達朗

本陣殺人事件

江戸時代からの宿場本陣の旧家・一柳家。その婚礼の夜に響き渡った、ただならぬ悲鳴と琴の音。離れ座敷では新郎新婦が血まみれになって殺されていた。枕元には家宝の名琴と三本指の血痕のついた金屏風が残され、一面に降り積もった雪は離れ座敷を完全な密室にしていた……。

本書は表題作である「本陣殺人事件」をはじめ、「車井戸はなぜ軋る」「黒猫亭事件」の3篇を収録した横溝正史の推理小説。いずれの作品も名探偵・金田一耕助が活躍する。

本陣殺人事件

昭和21年、探偵小説専門誌である「宝石」で連載が始まった「本陣殺人事件」は、横溝正史にとって戦後初の長篇推理小説。名探偵・金田一耕助の記念すべきデビュー作である。日本家屋には不向きとされていた密室殺人を戦後初めて描いた作品であり、世間から隔絶された村や呪われた名家、論理的整合性へのこだわりなど、金田一シリーズに共通するスタイルが既に完成されているのには驚かされる。

江戸時代に本陣を努めたほどの名家である一柳家。新婚初夜、雪の積もった離れで新郎新婦が血まみれの惨殺死体となって発見される。現場は日本家屋ながら密室であった。一柳家の周辺では数日前から怪しい三本指の男が目撃されており、三本指の血痕のついた金屏風との関係が疑われる。大切に育てた姪を無惨な形で失った久保銀造は、真相を突き止めるべくアメリカで知り合い面倒を見てきた金田一耕助を呼び寄せるのだった。

本作の舞台は作者の疎開地であった岡山であり、その後何度も金田一とタッグを組むことになる磯川警部も初登場するのがファンとしては嬉しい。岡山編は「獄門島」や「八つ墓村」など名作が多いが、なかでも「本陣殺人事件」は日本初の本格推理小説として高い評価を受けている。不可能犯罪の巨匠ディクスン・カーを敬愛する横溝正史だからこそできた偉業だろう。

<登場人物>
久保銀造 … 渡米し成功した果樹園経営者。一柳家の元小作人。
久保克子 … 銀造が亡兄に代わり大事に育てた姪。女学校教師。
一柳糸子 … 本陣の末裔という威厳と誇りを重んじる刀自。
一柳作衛 … 糸子刀自の夫。日本刀で刃傷沙汰を起こし死亡。
一柳賢蔵 … 糸子の長男。一柳家当主で学者。久保克子と結婚。
一柳妙子 … 糸子の長女。会社員と結婚し上海で暮らしている。
一柳隆二 … 糸子の次男。大阪の病院に勤務している医者。
一柳三郎 … 糸子の三男。兄弟中での不作。探偵小説マニア。
一柳鈴子 … 糸子の次女。虚弱で腺病質だが琴に関しては天才。
一柳良介 … 一柳家の分家の主人。賢蔵らの従兄弟。
一柳隼人 … 良介の父。軍役中に日本刀で割腹自殺した。
一柳秋子 … 良介の妻。平凡な女で子供が三人いる。
お直 … 一柳家の老下女。三本指の男から紙片を受け取る。
お清 … 一柳家の女中。
源七 … 一柳家の作男。良介と離家の雨戸を斧で叩き破った。
周吉 … 一柳家の小作。毎朝水車小屋へ米搗きに来る。
伊兵衛 … 川―村に住む老人。一柳賢蔵の大叔父。毒舌。
お冬 … どこかの島で一柳賢蔵が出会った琴を弾く女性。故人。
田口要助 … 一柳家の近所に住む百姓。三本指の男を目撃。
妹尾 … 保険会社の代理店をやっている男。
白木静子 … 久保克子が勤めていた女学校の教師で親友。
田谷照三 … 久保克子とかつて交際していた怪しい男。
清水京吉 … 右手が三本指の男。右頬に大きな傷跡がある。
木村刑事 … 久―村へ清水京吉のことを調べに行った刑事。
磯川警部 … 岡山県警の古狸。金田一耕助と初めて出会う。
金田一耕助 … 久保銀造が面倒をみている雀の巣頭の名探偵。

車井戸はなぜ軋る

「車井戸はなぜ軋る」は昭和24年1月「読物春秋」増刊号に発表されたものを、6年後に単行本化する際、金田一の登場部分が加筆された作品。そのため、本作は探偵役である本位田鶴代の手記を読み進める形で進行し、金田一耕助は最初と最後にそれぞれワンポイントで登場するのみである。

本位田家・秋月家・小野家という3つの旧家が登場し、前時代的な確執のなか起こる殺人事件。腹違いの兄弟が戦争で入れ替わるという「犬神家の一族」と似た設定ながら、異なる結末を迎える点が面白い。本人確認のために奉納手形を使うのはその後の作品と共通しているが、本作では二重瞳孔という特殊な要素も導入されている。真相を看破してもすぐに口外せず、本位田家の老婆が亡くなるのを待つ金田一らしい優しさが素晴らしい余韻を残した。

<登場人物>
本位田弥助 … 維新当時の本位田家当主。伝説の辣腕家。故人。
本位田庄次郎 … 弥助の跡継ぎ。貨殖の道に長けていた。故人。
本位田槇 … 庄次郎の妻。亡夫に代わり本位田家を支え続ける。
本位田大三郎 … 庄次郎の跡継ぎ。二重瞳孔の持ち主。故人。
本位田大助 … 大三郎の長男。戦傷で両目を失い義眼となる。
本位田梨枝 … 大助の妻。伍一と恋仲だったという噂があった。
本位田慎吉 … 大三郎の次男。結核を患い療養所に入っている。
本位田鶴代 … 大三郎の長女。先天性の心臓弁膜症を患う。
お杉 … 本位田家の老下女。奉納手形を取りに行き転落死した。
鹿蔵 … 本位田家の下男。慎吉を診療所まで自転車で送迎する。
秋月善太郎 … 没落した秋月家の当主。井戸に身を投じて死ぬ。
秋月柳 … 善太郎の妻。大三郎との不貞を非難され井戸で自殺。
秋月りん … 善太郎と柳の娘。伍一の姉。本位田家を恨む。
秋月伍一 … 大三郎と柳の息子。大助とは同い年の異母兄弟。
小野宇一郎 … 没落した小野家当主。30年ぶりに神戸から戻る。
小野咲 … 宇一郎の後妻。神戸で酌婦をしていた評判の悪い女。
小野昭治 … 宇一郎と先妻の息子。お咲と喧嘩し家をとび出す。
吉田安 … 南方に行き消息不明だったがビルマで戦死していた。
吉田安 … 安の妻。銀の3つ年上。色白で可愛らしい顔立ち。
吉田銀 … 嫂の加奈江を嫁に貰う。小児麻痺で片脚が軽い跛。
正木 … 一人で歩けない大助を本位田家まで連れてきた復員兵。
田口実 … 崖の下でお杉の死骸を見つけ、本位田家に報らせる。
金田一耕助 … 獄門島からの帰り、事件の再調査を始めた探偵。

黒猫亭事件

「黒猫亭事件」は昭和22年12月「小説」に発表された中篇。戦後間もなくの頃、東京近郊のG町にある酒場「黒猫」の裏庭から、顔の判別がつかない女性の腐乱屍体が発見される。また、同じ場所から首がちぎれかかった黒猫の屍体も見つかった。店は一週間前に売られ空き家になっており、男女関係で揉めていたという元経営者夫婦も行方不明。警察はマスターが妻を殺して逃げたと考え行方を追う。

一方、マダムと愛人関係にあった風間俊六から依頼され、事件を調査することになった金田一を待ち受けていたのは、犯人が何重にもしかけた巧妙なトリックだった。本作は横溝正史がいわゆる「顔のない屍体」というテーマに挑戦した作品で、二転三転する推理が楽しめる。

また、本作では金田一が珍しく風間俊六とのくされ縁を語っており、冒頭に出てくる探偵作家・Yが「獄門島」がえりの金田一と初めて出会った時のエピソードも大変おもしろいので、未読の方はぜひご一読いただきたい。

<登場人物>
糸島大伍 … G町銀座にある酒場「黒猫」のマスター。
糸島繁 … 大伍の妻で「黒猫」のマダム。風間俊六の愛人。
お君 … 「黒猫」に住み込みで働いていた若い娘。
加代子 … 「黒猫」で接客をしていた従業員。
珠江 … 「黒猫」で接客をしていた従業員。
日昭 … 崖の上にある蓮華院の老師。中風でほぼ寝たきり。
日兆 … 蓮華院の若い僧。変人で無口だが老師おもい。
桑野鮎子 … 日華ダンスホールのダンサー。糸島大伍の愛人。
小野千代子 … 糸島大伍とともに中国から引き揚げてきた女。
江藤為吉 … 「黒猫」の改造工事を請け負っている大工。
池内省蔵 … 糸島大伍から「黒猫」を譲り受けた経営者。
三宅順平 … 相当の資産を持つ洋画家。松田花子に惚れ結婚。
三宅やす子 … 順平の母。教養の相違より嫁と確執があった。
三宅花子 … やす子刀自を毒殺せんとし、誤って夫を殺し出奔。
松田米造 … 三宅花子の父。深川の大工。
風間俊六 … 土建業・風間組の親分。金田一の同窓でパトロン。
おせつ … 割烹旅館「松月」の女将。風間俊六の愛人。
おちか … 伊勢音頭の万野みたいな「松月」の女中頭。
長谷川巡査 … 東京近郊のG町にある派出所詰めの警察官。
村井刑事 … 署長や司法主任と捜査にあたる所轄の老刑事。
金田一耕助 … よれよれ着物に袴姿の探偵。幽霊を探している。
Y … 探偵作家。疎開先の岡山で金田一と出会い、親交を持つ。

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金田一耕助ファイル2 本陣殺人事件

2014.5.3

横溝正史(金田一耕助)