華やかな野獣

2014.06.22  渡邉達朗

華やかな野獣

騒々しいバンド演奏と、タバコの煙やアルコールの匂いが立ちこめる臨海荘の大ホール。マスクをつけた大勢の男女が集い、今宵の相手を物色している。やがて意気投合したカップルが次々と消え、パーティーが終わろうとした矢先、恐るべき殺人事件が起きた! 被害者は臨海荘の美しい女主人で、無残にも左の乳房をえぐられていた。ボーイに変装し潜入していた金田一耕助は、駆けつけた警官たちと取り調べを開始するが……。

本書は表題作「華やかな野獣」ほか、「暗闇の中の猫」「睡れる花嫁」の2篇を収めた横溝正史の中短篇集。テーマは女傑。3作品いずれも悪趣味なところはあるものの、本格推理小説の要件はきちんと満たしており、意外な展開や謎解きを楽しめるようになっている。また、変装して現場に潜入し事件を解決するなど、金田一耕助が華々しく活躍する姿を見ることができる点もファンとしては嬉しい。

華やかな野獣

「華やかな野獣」は昭和31年12月「面白倶楽部」に掲載された作品。父から莫大な遺産を受け継いた高杉奈々子は、進歩的で奔放な女性。彼女が所有する豪奢な洋館「臨海荘」では、毎月財界の名士や有閑マダムを集め、マスクを付けて相手を物色する秘密のパーティーが開かれていた。

意気投合したカップルが次々と消えるなか、菜々子も気に入った男と寝室へ。翌日、彼女はベッドで左の乳房をえぐられ、上半身裸の無残な死体で発見される。調査のためボーイに変装して潜り込んでいた金田一はこの事件に巻き込まれるが、あざやかな推理で真実を暴き出す。金田一のだらしないボーイ姿が丁寧に描かれていて楽しかった。

<登場人物>
高杉奈々子 … 吉田御殿こと臨海荘の女主。千姫と呼ばれる。
高杉啓策 … 奈々子の父。高杉商会を創立した資産家。故人。
高杉勝子 … 啓策の二番目の妻。奈々子の母。子宮ガンで死亡。
高杉啓一 … 奈々子の異母兄。
葛城京子 … 勝子の在世中から啓策が二号にしていた若い女。
楠はま子 … 啓策の生前から使えていた女中頭。
太田寅蔵 … 高杉商会の専務。啓策の仲間。もと水先案内人。
越智悦郎 … 横浜の貿易商、越智商会の主人。
吉岡医師 … 所轄の警察医。
神尾警部補 … 所轄の捜査主任。金田一のことは知っていた。
木村刑事 … 所轄の刑事。
坂口刑事 … 所轄の刑事。
青木刑事 … 所轄の刑事。
宮田刑事 … 所轄の刑事。
鷲尾刑事 … 所轄の麻薬取締係。
金田一耕助 … ボーイに変装して潜り込み調査をしていた探偵。

暗闇の中の猫

「暗闇の中の猫」は昭和22年に発表された短篇「双生児は踊る」がベースになっており、探偵役を双子のタップダンサー星野夏彦・冬彦から金田一耕助に改稿した作品。昭和31年「オール小説」に掲載された時は「暗闇の中にひそむ猫」という題名だった。

勤務先だった銀行から大金を盗み出した高柳信吉と佐伯誠也。キャバレーに逃げ込むも何者かに撃たれ、高柳は即死、佐伯は一命を取り留めたものの記憶を失う。その後キャバレーは大金が隠されているという評判がたち繁盛していたが、佐伯が店を訪れたところ、突然照明が消え何者かに撃ち殺されてしまった。佐伯が残した謎の言葉「暗闇に猫がいる」とはどんな意味なのか。現場で等々力警部が出会ったのは、大道易者の天運堂に化けていた私立探偵・金田一耕助。これが運命の出会いであった。

<登場人物>
寺田甚蔵 … 東銀座にあるキャバレー「ランターン」の経営者。
伊藤雪枝 … 「ランターン」のマダム。寺田甚蔵の愛人。
鎌田梧郎 … 「ランターン」の用心棒。
江口緋紗子 … 「ランターン」のジャズシンガー。
日置重介 … 銀行の支店長。紙幣の番号をひえかていた。
高柳信吉 … 元行員の銀行強盗。キャバレーで撃たれ死亡。
佐伯誠也 … 元行員の銀行強盗。キャバレーで撃たれ記憶喪失。
木下刑事 … 警視庁捜査一課の刑事。
新井刑事 … 警視庁捜査一課の刑事。等々力警部の腹心。
等々力警部 … 警視庁捜査一課所属の警部。金田一とは初対面。
金田一耕助 … 大道易者の天運堂に化けていた私立探偵。

睡れる花嫁

「睡れる花嫁」は昭和29年11月「読切小説集」に「妖獣」という題名で掲載された作品。かつて病死した妻の腐乱死体を弄んでいた画家のアトリエで、パトロール中の山内巡査が樋口邦彦を名乗る不審人物に刺される事件が起きた。駆けつけた警察が空き家となっているアトリエを捜索したところ、花嫁姿にさせられた若い女の死体を発見する。

花嫁衣裳を着た死体は渋谷にあるバー「ブルー・テープ」のホステスで、三日前に結核で亡くなった河野朝子だった。天涯孤独だった彼女の遺体は、バーのマダム水木加奈子が引き取ることになっていたが、何者かによって天命堂病院から盗み出されていたのである。犯人は一ヶ月前に刑務所から出所した樋口かと思われたが、その行方は杳として知れない。金田一や等々力警部が捜査に奔走するなか、第二、第三の事件が起きてしまう……。

最後に判明する事件の真相と意外な犯人には本当に驚かされた。死体愛好(ネクロフィリア)を題材にした陰惨かつ背徳感に満ちた短編であり、収録作の中でもっとも強く印象に残った作品である。

<登場人物>
樋口邦彦 … 妻の死体を放置した罪に問われ投獄された画家。
樋口瞳 … 邦彦の妻。元キャバレーのダンサー。肺病で死亡。
水木加奈子 … 渋谷にあるバー「ブルー・テープ」のマダム。
水木しげる … 「ブルー・テープ」の女給。水木加奈子の養女。
原田由美子 … 「ブルー・テープ」の女給。
河野朝子 … 「ブルー・テープ」の女給。結核で死亡した。
川口定吉 … 川口土建の親方。水木加奈子のパトロン。
清水浩吉 … 酒屋のいらずら小僧。アトリエに侵入する。
山内巡査 … T派出所づめの巡査。パトロール中に刺殺される。
井川警部補 … S署の捜査主任。
等々力警部 … 警視庁捜査一課所属の警部。金田一耕助の相棒。
金田一耕助 … 雀の巣の頭にくたびれた着物袴。ご存知名探偵。

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華やかな野獣

2014.6.22

横溝正史(金田一耕助)