大陸公路に君臨するパルス王国は不敗の騎兵隊を持つ強国だったが、蛮族ルシタニアの侵攻を受け、味方の裏切りによって滅亡の危機に瀕する。王太子アルスラーンは無敵の騎士ダリューンや天才軍師ナルサスの助けを借りて、故国奪還に乗り出すが……。
「アルスラーン戦記」は中世ペルシア風の異世界を舞台にした大河ファンタジー小説。ルシタニアに征服されたパルスを奪還するまでを描いた第一部、ミスルやチュルクといった隣国やかつてパルスを震撼させた蛇王ザッハークとその眷属たちとの戦いを描いた第二部で構成される。1986年に出版が開始されたが、長期間刊行されなかったことが何度もあり、2015年現在でも完結していない。
田中芳樹の代表作といえば「銀河英雄伝説」や「創竜伝」が挙げられるが、自分にとって一番思い出深い作品はこの「アルスラーン戦記」である。ちょうど中学生になったばかりの頃に第1巻「王都炎上」が発売され、とても読みやすかったこともあり、その魅力的な世界観や登場人物、テンポのよい会話などに強く惹きこまれた。
頼りなかった王太子が解放王アルスラーンへと成長し、異教徒に蹂躙された祖国を奪還する第一部のストーリーはまさに王道であり心躍る。水滸伝のように、始めは二人だった仲間が話が進むごとに増えていくのも読んでいて楽しかった。優秀な臣下たちの交流も微笑ましく、各々が言い合う軽口には苦笑させられたものだ。
あまりにも「アルスラーン戦記」が好きだった自分は、なけなしの小遣いをはたいて、角川から発売されたカセットブック版も手に入れていた。これが本当に素晴らしく、小説世界を余すところなく再現してくれるばかりか、登場人物の声もイメージどおりで、まさに擦り切れるほど繰り返し聴いていたことを憶えている。映像が無かったのが逆によかったのかもしれない。
以下はカセットブックの冒頭に流れる「カイ・ホスロー武勲詩抄」という抒情詩だ。当時は完全に暗記していたものだが、今思い返してもこのナレーションは格好いいと思う。
荒涼たるマザンダラーンの野に
カイ・ホスローの王旗ひるがえれば
邪悪なる蛇王(ザッハーク)の軍勢は逃げまどいぬ
春雷におびえたる羊の群のごとくに鉄をも両断せる宝剣ルクナバードは
太陽のかけらを鍛えたるなり
愛馬ラクシュナには見えざる翼あり
世界の覇王(ジャハーン・ギール)にふさわしき名馬ならん天空に太陽はふたつなく
地上に国王(シャーオ)はただひとり!
たぐいなき勇者カイ・ホスロー
剣もて彼の天命を継ぐ者は誰ぞ……
カセットブック版では、王太子アルスラーンを関俊彦、最年少の万騎長ダリューンを鈴置洋孝、天才軍師ナルサスを大塚芳忠、流浪の楽士ギーヴを矢尾一樹、絶世の美女ファランギースを勝生真沙子、ナルサスの侍童エラムを佐々木望、銀仮面ことヒルメス殿下を池田秀一が担当している。のちに作られた映画やOVAとも異なるキャスティングだが、自分の中では最高の布陣だった。
「鋼の錬金術師」「銀の匙」などで有名な荒川弘の作画で2013年から漫画版がスタートし、今月からはその漫画をベースとした新しいTVアニメが放映されるので、本作品に興味を持つ方も増えるだろう。昔からのファンとしては嬉しいことだし、この勢いでぜひ完結まで漕ぎ着けて欲しいと切に願う。
なお、自分にとっては愛着のある天野喜孝が表紙を描いていた角川文庫版は現在品切れ・重版未定となっているが、光文社のカッパ・ノベルスから刊行された新装版なら手に入りやすいと思われる。また、田中芳樹の版権管理会社「らいとすたっふ」からKindle版もリリースされているので、すぐ読みたい方は以下を参照いただきたい。