魔女の暦

2016.03.20  渡邉達朗

魔女の暦

報らせを受けて現場に駆けつけた金田一耕助は、思わず「あっ」と声を上げた。舞台中央には、つくり物の蛇の頭髪が揺れ動き、血まみれになった女の生首がころがっていた。浅草のレビュー小屋、紅薔薇座で出演していた三人の魔女役が次々と惨殺される。不敵な予告をする犯人「魔女の暦」の狙いは何か。たえず後手に回り苦戦する名探偵の胸に、激しい怒りがこみ上げてきた……。

本作は「魔女の暦」と「火の十字架」を収録した横溝正史の推理小説。どちらもレビュー小屋を舞台にした猟奇殺人事件を取り扱っており、名探偵・金田一耕助が登場する。双方の作品で「堕ちたる天女」事件のことが言及されており、浅草の踊り子たちにとって金田一耕助の名は印象深かったようだ。

魔女の暦

「魔女の暦」は昭和31年5月「小説倶楽部」に発表され、2年後に長編化され単行本として出版された作品。奇怪な手紙を受け取った金田一耕助が、浅草六区のいんちきレビュー劇場「紅薔薇座」を訪れるところから物語は始まる。最近足繁く通っていたのは、三人の踊り子が一つの目を共有する魔女を演じる「メジューサの首」という芝居で、何かが起きると手紙で予告されていたからだった。

通い始めてから3日目、とうとう恐れていたことが現実となる。「メジューサの首」で魔女のひとりを演じていた飛鳥京子が、毒の塗られた吹き矢で殺害されたのだ。関係者の複雑な人間関係から動機はいくらでも見つかるものの、犯人を特定する決定的な証拠が見つからぬまま捜査は難航。黒い手袋をはめた謎の人物が記す不吉な魔女の暦どおり、次々と犠牲者が増えていく。

最後に金田一耕助が語る事件の真相は、パトロン・内縁関係・愛人関係・ペットと人間関係が乱れきった劇団ならではのもので、被害者にも殺されるだけの理由があったと言える。また、一千万円の生命保険をストーリーにうまく盛り込んでいる点は感心した。

<登場人物>
山城岩蔵 … 浅草にあるレビュー劇場「紅薔薇座」の支配人。
柳井良平 … 紅薔薇座の戯作者。小心で臆病。
甲野梧郎 … 紅薔薇座の音楽担当。駒形に自宅を構える。
入沢松雄 … 紅薔薇座のドラム担当。
山本孝雄 … 紅薔薇座の振付師。
工藤順蔵 … 紅薔薇座の大道具。
金井啓介 … 紅薔薇座の作者見習い。
結城朋子 … 紅薔薇座のスター。マネー・ビルに血道をあげる。
飛鳥京子 … 紅薔薇座の踊り子。山城岩蔵の愛人。
霧島ハルミ … 紅薔薇座の踊り子。甲野梧郎の内縁の妻。
紀藤美沙緒 … 紅薔薇座の踊り子。柳井良平の内縁の妻。
牧ユミ子 … 紅薔薇座の踊り子。まだ若く芸も未熟。
岡野冬樹 … 紅薔薇座の座頭格。
碧川克彦 … 紅薔薇座に最近入った若く美しい男優。
井本鈴子 … 柳井良平が連れ込まれた宿を経営する女あるじ。
緒方医師 … 検死を担当。
関森警部補 … 浅草署の捜査主任。
三宅刑事 … 浅草署の刑事。
井上刑事 … 浅草署の刑事。
望月刑事 … 浅草署の刑事。
新田刑事 … 浅草署の刑事。
等々力警部 … 警視庁捜査一課所属の警部。金田一耕助の相棒。
金田一耕助 … 奇怪な手紙で紅薔薇座に呼び出された私立探偵。

火の十字架

「火の十字架」は昭和33年4月「小説倶楽部」に発表された作品で、こちらも金田一が奇妙な手紙を手にするところから始まる。アパートを訪ねてきた等々力警部を相手に、自分のことをメイ探偵になってきたなどと茶化しつつ、連続殺人が起こることをほのめかす手紙が届いたと話す耕助。今回もタダ働きになりそうで思わず苦笑してしまう。

新宿、浅草、深川に劇場を持つヌードダンサーの女王・星影冴子。3軒の劇場をそれぞれ情夫に経営させ、自分は興行を兼ねて1週間ごとに各劇場を回って情夫との交歓を楽しんでいた。そんなある日、全裸でトランク詰めにされた星影冴子が新宿パラダイスに届けられ、浅草パラダイスでは塩酸で焼け爛れた男性の凄惨な遺体が見つかる。

金田一が受け取った手紙には、ある復讐鬼によって世にも恐ろしい連続殺人が起ころうとしており、狙われている男女は体のどこかに「火の十字架」の刺青が入っていると書かれていた。殺された男性は塩酸によって顔も刺青も隠されていたが、金の腕輪で隠した星影冴子の腕には「火の十字架」の刺青が彫られていたのだった。

運送屋によれば、義足を引きずって歩く気味の悪い男が小栗啓三と名乗り、新宿に運ぶ荷物を指示したという。満州に出征したまま音信不通となっていた劇団「南十字星」の仲間が引き揚げてきたらしいことが分かると、劇場関係者に大きな動揺が広がっていく。戦争中の忌まわしい罪が、復讐鬼によって白日の元にさらされる日が近づいていた……。

この事件における金田一耕助の捜査や推理はめずらしくあざやかで、きちんと連続殺人を食い止めることができている点が素晴らしい。トリック自体はご都合主義と言わざるをえない部分もあるが、それでも横溝正史が大好きな「顔のない死体」ものだけに工夫が凝らされており、解決編はなかなか面白かった。

<登場人物>
星影冴子 … 浅草、新宿、深川でヌード劇場を経営するダンサー。
立花良介 … 浅草パラダイス劇場のマネジャー。冴子の情夫。
滝本貞雄 … 新宿パラダイス劇場のマネジャー。冴子の情夫。
三村信吉 … 深川パラダイス劇場のマネジャー。冴子の情夫。
富士愛子 … 星影冴子ショウのメンバー。4人と同じ劇団にいた。
権田平蔵 … 浅草馬道にあるゴンダ運送店の主人。
権田やす子 … 平蔵の妻。
福田公吉 … ゴンダ運送店に住込みで働いている店員。
小栗啓三 … 浅草パラダイスにいた謎の復員服の男。片脚は義足。
山本五郎 … 浅草パラダイスの幕内主任。
水島 … 浅草パラダイスの表主任。
原田 … 新宿パラダイスの表主任。
緒方竹蔵 … 富士愛子が住んでいる若竹荘の管理人。
花園千枝子 … 劇団南十字星のヒロイン。
野上周蔵 … 元陸軍大尉。深川にあった秘密兵器工場の監督官。
金子謙三 … ヌード写真を得意としているカメラ芸術家。
熊谷医師 … 新宿パラダイスで昏睡状態の星影冴子を診察した。
橋本先生 … 浅草パラダイスでの検死を担当した警察医。
高橋警部補 … 淀橋署の捜査主任。
関森警部補 … 浅草署の捜査主任。金田一とは馴染み。
神保警部補 … 下谷署の捜査主任。
等々力警部 … 警視庁捜査一課所属の警部。金田一耕助の相棒。
金田一耕助 … 雀の巣の頭にくたびれた着物袴。ご存知名探偵。

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魔女の暦

2016.3.20

横溝正史(金田一耕助)