大切な方を神楽坂へ招待することになり、どんなお店がいいかずいぶん迷ったのだが、落ち着いた雰囲気でリラックスしていただけるところが好いだろうと考え、ご主人や女将さんが温かく迎えてくださる「旬の膳 弥生」にお邪魔してきた。
神楽坂には泉鏡花の作品にも登場する「うを徳」という有名な料亭があるが、「弥生」のご主人は「うを徳」の三男として生まれ育ち、京都で修業を重ねたのちこのお店を開かれた。芸能・出版関係者も足繁く通うという店内には、中村勘三郎さんなど人気歌舞伎役者の隈取が飾られている。
手書きの献立を見てみると、あじフライや蟹クリームコロッケなど、伝統的な割烹を受け継ぐお店とは思えないメニューがあるのも楽しい。きっと常連さんの要望にこたえるうちに定番になったのだろう。どのお料理も素晴らしい味わいで、熱燗を飲みつついただくスミイカやほうぼうのお造りは絶品だった。
お招きした方にも喜んでいただき、楽しいひとときを過ごしていたのだが、途中お店の壁に柳原良平さん直筆のイラストが飾られていることに気づく。女将さんに話を聴いてみると、そもそも「旬の膳 弥生」の題字を山口瞳さんが書かれていたことなどが分かり、いろんなお話をうかがうことができた。料理が美味しいとか、居心地がいいというだけでなく、こういう物語のあるお店はとても神楽坂らしくて素敵だなと思う。