金田一耕助が時々通うパチンコ屋の看板娘が、突然、何者かに殺害された。彼女は、三年前に謎の死を遂げた彼女の姉と同様に、焼跡の廃虚から死体で発見された。彼女から姉の死について調査を頼まれていた金田一は、報らせを聞いて愕然とした。しかも彼女は、金田一耕助名の手紙でおびき出され、命を落したのである。憎むべき不敵な犯人に対し、金田一と等々力警部は怒りの捜査を開始した……。
「金田一耕助の冒険2」は一篇ごとに趣向を凝らした横溝正史の短篇集。「金田一耕助の冒険1」の続編。「夢の中の女」「泥の中の女」「柩の中の女」「鞄の中の女」「赤の中の女」の五篇を収録しており、すべての作品に名探偵・金田一耕助が登場する。
どの作品もタイトルから明らかなとおり女がらみの事件で、最後は緑ガ丘町にある金田一のフラットで、事件簿の記録者なる筆者にむけて名探偵が事件の種明かしを行うのがお決まりだ。
夢の中の女
「夢の中の女」は昭和31年7月「読切小説集」に掲載された「黒衣の女」を改題した作品。珍しく冒頭から異常なサープライズを味わった金田一は、百円紙幣の贋造事件が蔓延るなか、姉と同じように殺された夢見る夢子さんの敵を討つべく奔走する。
本多美禰子は新橋にあるパチンコ屋「大勝利」の看板娘で、夢見る夢子と呼ばれていた。彼女の姉で歌手だった田鶴子は3年前何者かに殺されており、金田一はその事件について相談を受けていたのだった。そして美禰子は金田一に犯人が見つかったという手紙を残し、姉が死んだときと同じ黒い衣装を着た姿で殺されてしまう。物語が意外な結末を迎えた後、等々力警部に自分自身の保護をお願いする金田一が微笑ましい。
<登場人物>
花井達造 … 新橋にあるパチンコ屋「大勝利」の経営者。
一枝 … 「大勝利」のマダム。達造の妾。愛嬌のある別嬪。
本多美禰子 … 「大勝利」の看板娘。アダ名は夢見る夢子さん。
本多田鶴子 … 美禰子の姉。三年前に殺害された黒衣の歌手。
静乃 … 日時計のそばで田鶴子の絞殺死体を発見したばあや。
猪場栄 … 太陽光学社長。田鶴子のパトロン。ロマンスグレー。
猪場康子 … 栄の妻。夫と田鶴子との関係を苦にやんでいた。
猪場和子 … 栄の一人娘。
来島武彦 … 田鶴子のファンで時々遊びにきていた近所の学生。
西村警部補 … 所轄北沢署の捜査主任。
等々力警部 … 警視庁捜査一課所属の警部。金田一耕助の相棒。
金田一耕助 … 雀の巣の頭にくたびれた着物袴。ご存知名探偵。
泥の中の女
「泥の中の女」は昭和32年2月から3月にかけて「週刊東京」に掲載された「泥の中の顔」を改題した作品。週刊東京に連載された作品はタイトルをすべて「~の中の女」に統一しているが、「泥の中」だけが「顔」となっているのは何故だろうか。
三鷹にある西条氏の屋敷を訪問したが留守だったため、寒くてたまらない立花ヤス子は西条家の離れとして建てられた探偵作家・川崎龍二の仕事場で休ませてもらうことにした。ところが、対応してくれた赤いレインコートの女が、奥で病人が寝ており医者を呼んでくると言って出ていってしまう。
しかし、奥の布団に横たわっていたのは病人ではなく、女の死体だったのだ。驚いたヤス子は交番に駆け込み、事情を説明するが失神してしまう。しばらくして根上巡査とヤス子が現場を訪れてみると、川崎龍二が友人の松本梧朗と何事もなかったように酒を飲んでいたのだった……。
川崎の仕事場で目撃された女性の死体が忽然と消えてしまうこの物語はかなり複雑で、誰が誰を殺して誰が後始末をしたのか理解するのに少々難儀する。また、吉祥寺・西荻窪・桜上水・下高井戸など近隣の地名が頻出するので、登場人物に妙な親近感が湧いた。
「この金田一耕助という野郎、とんでもないのろま野郎でさあ」と己の凡愚を詫びつつも、相変わらず知り得たことをすぐに語らず、煙に巻いたような話をする金田一耕助。それに対し半分からかい顔をしつつ、金田一が暗示する真実を見抜こうと真剣な面持ちで話を聴く等々力警部と新井刑事のコンビがいい。金田一シリーズにはたびたびこういうシーンが登場するが、長年積み重ねた信頼関係があるからこそ、等々力警部のような対応ができるのだと改めて感じた。
<登場人物>
立花ヤス子 … 若く貧しい掃除婦。西条家の離れで死体を発見。
立花信吉 … ヤス子の頼りない夫。失職の危機に瀕していた。
西条 … ヤス子が信吉のことを相談しようと訪問した人物。
川崎龍二 … 探偵作家。西条家の離れは仕事場兼逢い引きの場。
松本梧朗 … 龍二の古い友人。S大学の助手で探偵小説ファン。
浅茅タマヨ … キャバレー「丸」のダンサー。川崎龍二の愛人。
久保田昌子 … 小学校教員。探偵小説ファンで川崎龍二を崇拝。
山口警部補 … 高井戸署の捜査主任。武蔵野署や荻窪署も手配。
古谷警部補 … 三鷹署の捜査主任。
根上巡査 … 三鷹署の巡査。ヤス子の訴えで川崎龍二を訪ねる。
新井刑事 … 警視庁捜査一課所属の刑事。等々力警部の腹心。
等々力警部 … 警視庁捜査一課所属の警部。金田一耕助の相棒。
金田一耕助 … 雀の巣の頭にくたびれた着物袴。ご存知名探偵。
柩の中の女
「柩の中の女」は昭和33年3月「週刊東京」に掲載された作品。「堕ちたる天女」と題材が似ており、赤星運送店のトラックが落とした石膏像に女性の全裸死体が入っていたところから事件が始まる。警察が調べたところ、製作者の古垣敏雄は美術展で落選を繰り返しており、中に埋め込まれていたのは彼の元妻・和子。石膏像は古垣が作ったものによく似ているが別物だと判明した。
古垣は美術学校時代からの旧友で、天才芸術家の森富士郎に妻を譲ったと説明。常人には理解しがたい話であったが、両者と親しいモデル・江波ミヨ子の証言もあり、警察は容疑者として行方不明の森を追うことになる……。短い話ではあるが「壺を持つ女」という塑像を使ったトリックは面白かった。
<登場人物>
白井啓吉 … 赤星運送店の新人。運搬中の塑像から死体を発見。
権ちゃん … 西荻窪駅前にある赤星運送店の店員。啓吉の先輩。
古垣敏雄 … 芸術家。赤星運送店に落選作品の運搬を依頼した。
森富士郎 … ファンの多い天才芸術家。敏雄の美校以来の旧友。
森和子 … 古垣敏雄の妻だったが、森富士郎に譲り渡された。
池田アイ子 … 久我山にある森家に八年仕えているばあや。
江波ミヨ子 … 「壺を持つ女」のモデル。古垣や森と親しい仲。
柿崎警視正 … 警視庁の捜査一課長。
望月刑事 … 警視庁捜査一課所属の刑事。
新井刑事 … 警視庁捜査一課所属の刑事。等々力警部の腹心。
等々力警部 … 警視庁捜査一課所属の警部。金田一耕助の相棒。
金田一耕助 … 雀の巣の頭にくたびれた着物袴。ご存知名探偵。
鞄の中の女
「鞄の中の女」は昭和32年4月「週刊東京」に掲載された作品。冒頭に「柩の中の女」の続きかと思う描写があり、これまた「堕ちたる天女」と題材が似ている。トランクから女の片脚を突き出したまま走る車を目撃した酒屋の小僧が警察に通報したところ、片桐梧郎という彫刻家が女の裸像をアトリエに持ち帰る途中だったことが判明した。
しかしその翌日、金田一耕助の元に見知らぬ女から、その件について心配事があるから相談にのって欲しいという電話が寄せられる。約束の時間になっても女は現れなかったが、駒井泰三という彼女の夫が訪ねてきた。彼の妻は片桐梧郎の妹であり、望月エミ子という片桐のモデルから、自分は殺されるかもしれないという相談を受けていたというのだった……。
本作の犯人は事もあろうに金田一を目撃者として利用しようとするわけだが、はじめての人物からの電話をテープレコーダーに録音する金田一の習慣が、事件解明に威力を発揮する。犯罪の現場を目撃したからではなく、目撃しなかったから殺されたという犯行理由は珍しく感じた。
<登場人物>
安井友吉 … 酒屋の小僧。飯田橋で車から出た女の片脚を目撃。
片桐梧郎 … 女の裸像を片脚が車から出た状態で運んだ彫刻家。
緒方由紀子 … 梧郎の元妻。以前、キャバレー「金色」にいた。
望月エミ子 … 梧郎が作った石膏像のモデル。駒井昌子の学友。
駒井昌子 … 梧郎の妹。片脚について金田一に電話で相談する。
駒井泰三 … 昌子の夫。西銀座でキャバレー「金色」を経営。
杉山 … 金田一耕助のフラットに通いで来ている掃除婦。
池部警部補 … 所轄警察の捜査主任。
海野刑事 … 所轄警察の刑事。片脚の件で片桐梧郎に面会した。
山口刑事 … 片桐梧郎のアトリエでY・Oのハンカチを発見。
新井刑事 … 警視庁捜査一課所属の刑事。等々力警部の腹心。
等々力警部 … 警視庁捜査一課所属の警部。金田一耕助の相棒。
金田一耕助 … 雀の巣の頭にくたびれた着物袴。ご存知名探偵。
赤の中の女
「赤の中の女」は昭和33年5月「週刊東京」に連載された作品。H海岸で休暇を楽しんでいた金田一耕助は、とある新婚カップルに興味を覚えた。まず夫の榊原史郎が去年知り合ったという陽気な寡婦・安西恭子に声をかけられ、続いて真っ赤な水着を着た妻の恒子も、女優時代の昔なじみという永瀬重吉に出会ったからである。そして同じように会話を聞いていた白麻の青年が、焼けつくような視線を永瀬の背後にそそがれているのに気づき、金田一は怪しく胸がおどるのを覚えずにはいられなかった。
翌朝、史郎と喧嘩して泣きながらホテルを飛び出していった恒子が、海岸の沖合で絞殺死体となって発見される。また、ホテルの中から永瀬の死体も見つかった。白麻の青年・氏家直哉によれば、恒子は兄の元妻であり、結婚詐欺の疑いがあったという。だとすると殺されるのは夫の史郎でなければおかしいわけだが、この不思議な事件を金田一が解き明かす……。
またもや海水浴場近くのホテルに滞在している金田一のところに、週末を利用して等々力警部が遊びに来るところから物語が始まるのだが、どうにもこのコンビの仲がよすぎて笑ってしまう。男女の会話を何気なく聞いてしまった金田一が事件に巻きこまれていくのも「傘の中の女」と同じだ。トリックは他愛ないもので、これだけの関係者が一堂に会していたという設定にやや無理を感じた。
<登場人物>
榊原史郎 … 詩人。結婚詐欺を仄めかす警告文を受け取る。
榊原恒子 … 史郎の新妻。結婚前は享楽座で女優をしていた。
永瀬重吉 … 恒子の昔なじみ。舞台の背景画家。
氏家勝哉 … 恒子の前夫。昨年の冬に蔵王で遭難し死亡した。
氏家直哉 … 勝哉の弟。榊原恒子を疑う。遅れて汽車で到着。
安西恭子 … 陽気な寡婦。榊原史郎とは去年知り合った。
里見純蔵 … 恭子の婚約者。遅れて汽車で到着。
北里 … 川奈のゴルフ・リンクで安西恭子を榊原史郎に紹介。
浅見警部補 … 所轄警察の捜査主任。
等々力警部 … 警視庁捜査一課所属の警部。金田一耕助の相棒。
金田一耕助 … 雀の巣の頭にくたびれた着物袴。ご存知名探偵。