高校時代の友人たちと久々に旅をした。宿でゆっくり過ごせることや、大阪の友人も来やすい場所などを考慮し、今回は福井県の北の端・三国町へ。江戸時代に北前船の寄港地として繁栄を極めたこの地には、今も当時の面影をしのばせる町並みが残っている。そんな町に残された築百数十年の薬屋を改装したゲストハウス「詰所三國」で町家ステイと洒落こんだ。記憶が薄れないうちに、今回の旅を簡単に振り返っておこうと思う。
まずは一緒に金沢へ向かう友人と東京駅で待ち合わせ。弁当を購入し、北陸新幹線「かがやき521号」に乗車した。
車内のお供は「肉の万世」の万カツサンド。帰省などで乗り慣れている北陸新幹線だが、旧友と一緒だと自然と旅情があふれ出す。
金沢駅に到着したら、ひがし茶屋街まで時間節約のためにタクシーで移動。
まずは1909年創業の老舗洋食屋「レストラン自由軒」で昼食をいただくことにした。ひがし茶屋街の入口に佇む石造りの洋館が、明治から続く100年の歴史を感じさせる。大阪のミナミにも織田作之助ゆかりの同名の食堂があるが、まったく関係ないようだ。
自由軒の人気ナンバーワンは、なんといっても醤油ベース味のオムライス。オムライスといえばケチャップ味が定番だが、こちらのライスは牛肉と豚肉を醤油ベースのソースでじっくり煮込んだものと共に炒めてあるのが特徴的。薄い玉子が綺麗に醤油ライスを包み込んでおり、素晴らしい味わいだった。
ひがし茶屋街、にし茶屋街と並び金沢三大茶屋街とされる主計町茶屋街。江戸時代、富田主計の屋敷があったことから主計町と呼ばれたのだとか。この界隈には昔ながらの料亭や茶屋が建ち並んでおり、細い路地と千本格子が続く街並みなど、金沢らしい情緒を心ゆくまで楽しむことができる。
細い路地を進むと、風情溢れる「あかり坂」と「暗がり坂」がある。落ち着いた雰囲気で静かに歩くことができ、探索している気分を味わえた。
金沢駅に戻り、JR北陸本線「サンダーバード24号」に乗車。
福井駅からは「えちぜん鉄道」というローカル線に乗り継ぎ、小一時間ほど田園風景の中を走ると、まだ新しさを感じる三国駅に到着した。
古より三津七湊の一つとして知られ、江戸後期には北前船の寄港地として栄えた三國湊。日本海へとそそぐ九頭竜川にそった細長い町には情緒ある町家が軒を連ね、今も往時の面影が残されている。そんな三国湊を代表する豪商の一つが「旧岸名家」。主屋は妻入屋根の正面に平入り下屋がつく「かぐら建て」と呼ばれる三国独特の建築様式。入り口部のある土間はかつて店だったところ。今にも番頭さんが出てきそうな帳場がそのまま残っている。
県内最古の鉄筋コンクリート造りの建物として知られる「旧森田銀行本店」。大正9年に三国湊の豪商・森田家が創業した森田銀行の新本店として建設されたもの。明治時代に廻船業の衰退を察知し、銀行を創業して業種転換に成功した森田三郎右衛門の先見の明の鋭さに驚かされる。森田銀行はその後福井銀行と合併し、近年まで三国支店として営業していたが、平成6年に三国町の財産となり一般公開された。
外観は西欧の古典主義的なデザイン、内観は豪華な漆喰模様が美しい。当時は最先端であった巻上式シャッターなども残っている。細部のデザインや技術へのこだわりについてガイドの方が一つ一つ丁寧に解説してくださったのがとても面白く興味深かった。
今回宿泊した二組限定の宿「詰所三國」は、築百数十年の薬屋を古民家再生で知られるアレックス・カー氏がリノベーションしたもの。「かぐら建て」という三國特有の建築手法による町家の趣はそのままに、現代的な快適性を備えた宿に生まれ変わっている。
元は一つの家屋として使われていた建物だが、改築時に「流水」「行雲」という二区画に分けられた。今回泊まった「流水」は風情のある坪庭を間に配し、母屋と蔵の2つに分けられた客室。どちらにもキッチンや浴室などが備え付けられており、ぜいたくな造りになっている。
蔵の風情をそのまま生かした奥の客室は、吹き抜けのリビングが気持ちいい。湊町の時の流れを感じさせてくれる、いぶし銀の味わいを持つ梁や漆喰壁も見ていて落ち着く。居心地のよい上質な空間で、友人たちとゆったり過ごすことができるのは何より嬉しかった。
初日の夕食は、詰所三國から歩いていける距離にある「料理茶屋 魚志楼」を予約しておいた。明治初期に開業し、主屋は国の有形文化財にも登録されている由緒ある料理茶屋。
かつて芸妓の置屋であった館内には当時の三味線や和太鼓などが置かれており、まるで花街時代にタイムスリップしたかのような気分を味わえる。
料理に腕を振るうのは、京都で修行をかさねた若き店主。地元の新鮮な食材にこだわる料理は、酒との相性も抜群。冬は越前ガニを求めて日本中から多くのファンが集まるのだそう。
刺身や天ぷら、炭火焼など様々な甘エビ料理を、築100年の風情ある建物で味わえるのが魚志楼の大きな魅力。三国港で水揚げされた甘エビの、とろりとした甘みとコクは絶品だった。
一夜明けて、三国2日目はあいにくの雨。予報では一日中降り続くようなので、どうするか友人たちと相談する。
福井県の北端に位置する「東尋坊」は、国の天然記念物に指定されている名勝。これほど巨大な輝石安山岩の柱状節理が延々と1kmに渡って続くのは世界でも珍しく、地質学的にも大変貴重な場所となっている。
地名の由来は、恨みを買って此処から突き落とされた平泉寺の僧の名前なのだとか。火曜サスペンス劇場でもおなじみの東尋坊。自殺の名所としても有名だが、句碑や救いの電話を設置するなど、自殺を思いとどまらせるための様々な努力が払われているようだ。
東尋坊や雄島の越前加賀海岸国定公園の約2kmのコースを、約30分かけて周遊する「東尋坊観光遊覧船」に乗船。
「ライオン岩」「ろうそく岩」など自然の造形が目を楽しませてくれる。なかでも岸壁の高さが23mに及ぶ「大地」の断崖は壮絶で、日本海の荒波が打ち寄せる姿は恐ろしいほどの迫力だった。
遊覧船の魅力は風景だけではなく、船員のトークもかなり面白い。まじめなガイドの合間合間に入れてくる東尋坊がらみの小ネタが絶妙で、船内は和やかな笑いに包まれていた。
お腹がすいたので、新鮮な海の幸が味わえる食事処や土産屋が軒を連ねる「東尋坊商店街」へ。イカやサザエ、ホタテといった海産物の浜焼きをしている店も多いので、食べ歩きも楽しそうだ。
創業80年の老舗「やまに水産」は皇室御用達の誉れ高い大手水産会社直営店。三国漁港に水揚げされた旬の魚介類がズラリと並ぶ店先は活気にあふれており、スタッフの威勢のいい掛け声が響く。
大漁旗やガラスの浮き球が飾られた賑やかな店内には、食事ができるスペースも完備。トロ箱をイメージしたテーブル席や、靴を脱いでくつろげるお座敷で、名物の海鮮丼や浜焼定食などがいただける。
今日はあいにくの雨模様で寒かったこともあり、かにラーメンも注文。なにより絶品だったのは北陸名物のノドグロ。焼き加減も絶妙で、脂がたっぷりのった身は素晴らしい味わいだった。
東尋坊の一番先端に「IWABA CAFE」というひときわ目を惹くカフェがある。某人気コーヒーチェーンのようなシックでお洒落な佇まいが印象的で、ペット同伴可ということもあってか大勢の客が訪れていた。
コーヒーだけでなく、シェイクやスイーツまで揃っており、店内奥のガラス張りの席からの眺めも素晴らしい。
日本海が一望できる日帰り温泉「三国温泉ゆあぽーと」で旅の疲れを癒す。みなとの湯からは大海にそそぐ九頭竜川の展望を、かもめの湯からは夕陽が沈む三国サンセットビーチを見渡せる。
オランダ人技師エッセルが携わり、国の重要文化財に指定された「三国突堤」も見ることができてよかった。
「詰所三国」に戻って、友人たちとまったり飲み。楽しい。
三國湊で迎えた3日目は、昨日の大雨が嘘のように気持ちよく晴れてくれたので、朝から「詰所三国」の近所を散策してきた。
「みくに龍翔館」は明治12年にオランダ人技師エッセルの設計で建築された龍翔小学校を、郷土資料館として復元したもの。三国が生んだ作家・高見順の書斎の復元をはじめ、三国とゆかりの文学者たちの遺品や写真も往時を偲ばせる。
千石船の5分の1の模型や、高さ11mの三国祭の山車は圧巻だった。
「詰所三國」をチェックアウトし、えちぜん鉄道三国芦原線に乗車。天気がいいと車窓の景色も楽しく、あっという間に福井へ到着した。
「あみだそば」は越前おろしそばの専門店。福井県産特上蕎麦粉のみを使用し、つなぎを使わない十割そばが人気。平打ち蕎麦は食べやすく、独特の食感と香りの強さがいい。大根おろしがたっぷり入ったみぞれ状のだしに蕎麦をつけて食べるか、だしをかけて食べるかは好みでよいそうだ。
大阪方面に帰る友人とは福井でお別れ。名残りを惜しみつつ、また一緒にどこかへ行こうと盛り上がった。今回の旅はあいにく天候には恵まれなかったが、旧友と三国でゆっくり過ごせたのは本当によかったと思う。